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熱血なコーチによる熱血な日記 日々のレッスンで感じたことを中心に、熱く日記を綴っていこうかと・・・

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30年前のテニス

さて、10年前、20年前、とさかのぼってきました。次は、1979年、今から30年前のテニスのお話。

これは、もう完璧に調べたことで、自分の目で見たことではないですね。なんせ、僕の生まれた年ですから。

1979年のマスターズの優勝者は、ビヨン・ボルグです。
順回転のかかったストローク、いわゆるトップスピンを武器に戦った選手ですね。それまでのテニスは、そこまでスピンをかけるプレーではなかったらしくて、ボルグがトップスピンの産みの親とも言われてそうです。

僕の読んだ本や、みなさんの話からすると、このあたりのテニス界では、ビヨン・ボルグ ジョン・マッケンロー ジミー・コナーズ の3人がこのあたりのテニスの黄金期を支えていたそうです。

ちなみに、このあたりから、ウッドラケットからカーボンラケットに移行していきます。道具が進化していくんですね。

それまつわるこんな話があります。
ジョン・マッケンローは、当初、レンドルとの相性が悪かったらしいです。レンドルはカーボンラケット、マッケンローは、ウッドをそれぞれ使用していたらしいんですけど、それが、マッケンローがカーボンを使用するようになって、勝敗は逆転したらしいです。
もちろん、ラケットの影響だけとは思いませんが、素材の進化ってのはとてつもない効果をもたらすことがありますよね。
最近の競泳では、新しい水着によって、記録が次々と塗り替えられてます。

ウッドからカーボンという移り変わりもそれによく似ていたんでしょうね。

最近では、ラケットの変化よりも、ストリングスの変化の方が強いですよね。
テニス | 投稿者 ハセガワコーチ 16:12 | コメント(0)| トラックバック(0)
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